慈姑

おせち料理でおなじみの「慈姑」を昨日の茶懐石講座で甘煮した。もちろん「芽」を残して皮は六方剥きにして「芽」がなくては意味が無い。懐石は献立の流れに意味があったり、縁起の良い内容や漢字を使うことが多い。
相変わらずI嬢は、八角になるとか騒ぎながら慈姑と格闘していた。横に立って「芽が落ちちゃったら出世しないよ、来年もいい年にしようね」と言うと「結果だけ見てください」と、そばに来て見てほしくないらしい。慈姑はスマートな六角に仕上がっていた。
茶懐石」と「会席」の違いは何ですか?と質問を受けて簡単に説明すると、ほとんどの方は理解される。理屈は簡単なことなので、頭では理解できるけれど、肝心なのは理解したことを身に付けて行動できるかである。身に付く方は少ない。
綺麗な黄色に染まって、器に盛り付けられた慈姑は立派に見える。好みがあるし、茶席ではないから、あまり言わないけれど慈姑は「芽」も食べないとね、大物になれないよ!